地震と付き合う
 
地球や宇宙関係の動画を彷徨いながら見つけたものです。
個人で作ったものだと書いてありますが
あまりにすごかったので貼りつけ。





2011年3月1日から8月1日までのまとめです。
もともとテレビなどの速報に出ないだけで
普段からたくさん地震が起きていてることはご存じのとおり。
大地震の前も
気づかない程度の地震が結構頻繁に起きていますね。

確かあの大震災の前には
茨城沖で大きめの地震が何度か起こっていました。
正直、あの辺の地震はよくあることだったし
震度も大きいと言ったら大きいけれど
まぁ、よくあるといったらよくある大きさだったので
それほど気にとめてもいませんでした。
震度4くらい?

そんなわけで、あの大地震のときもそれの余震かと思っていて
「ああ、今度もまた大きいな・・・。」くらいの気持ちでいました。
そうしたら収まるどころかどんどん揺れが増していって・・・。

「あれ、ヤバいのかな・・・?」とほかの人と慌てて非難。
慣れ過ぎておかしいと感じるまでに時間がかかったことは
反省しないといけないですね。

この動画では1.12あたりですごいことになっています。



私の住んでいるマンションは
東西に細長く南北には薄っぺらい。

ずいぶん前、マンションで避難訓練をしたときに
消防署の方がいらして初期消火の訓練や
普段の備えみたいなことを話していかれました。
そのときにちろっと
「このマンションは大きいですが
地震が来たらどの方向に揺れるかで
ダメージが大分変わりますよね・・・。」と言っていました。
そのときに「なるほどね。」と思ってのでよく覚えています。

ほかのうちはどうだったか知りませんが
うちの家の惨状から考えるに
今回は(というかこの辺は)東西に揺れたのかな。
このマンション的には不幸中の幸いだったのかなぁ、と思います。

このマンションは制震ではなく耐震構造なんです。
っていうか制震構造ってよほどの大型マンションじゃないと
メンテナンスの意味で管理費用がかかり過ぎて
現実的ではないみたいですね。

まぁ、そういうわけで
高層階になるほど揺れます。
うちは13階。(たまたま空いていた。)
新潟の地震の時も相当揺れました。
震度が確実にほかより1つ上になるんです。

見晴らしが良くて、夏は蝉も来ないし、蚊もすくない。
実際にとても気に入っていたんだけど
この地震には相当まいりました。
たまたま私は地震の時に外にいたのですが
帰ってきたら、「ここは何?被災地?」のような有様・・・。

さっきの東西揺れの判断の理由は
冷蔵庫、洗濯機、食器棚、テレビが
すべて東に大きくずれていたことです。
冷蔵庫や洗濯機が動くって異常ですよね。
滑った感じではないんですよ。
揺れながらガッコンガッコン歩いたのかな、って。

そして、一番の私の精神的ダメージだったのが
東に向けて設置した子供部屋の本棚。
幅230センチ、上置きを置いて天井でつっぱるタイプの本棚が
ものの見事に倒れていました。
上置きのひとつの上の突っ張りの部分が、天井に突き刺さって
天井からぶらさがっているという・・・・。

家にいなくてよかった。本当によかった。
おっかなかっただろうと思います。
実際にマンションで地震にあった人に
「怖かった!」と非常階段で泣きつかれたし。
息子がもしもあの時間に学校から帰ってきていて
あの部屋にいたらタダじゃすまなかっただろうとも思います。
それを考えるとさらに恐ろしくて涙が出ます。


日本に住んでいる限りは
地震とは切り離せない生活。

ヨーロッパに行くと
よく天井に張った梁の上に
ツボだとか皿だとかがディスプレーされています。
日本ではありえないなぁ・・・といつも思います。
多分固定されてないんだろうし。

おしゃれで素敵だなぁと思うのだけど。


| 雑記 | 07:49 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
百万本のバラ

ステのプロフに貼った「百万本のバラ」。
記録用にこちらにも記事を載せます。



「百万本のバラ」をいろいろ聴いて
最終的に伊東ゆかりさんのバージョンで落ち着きました。
訳も歌声もピアノ伴奏も彼女のが一番好きです。





「百万本のバラ」といったら加藤登紀子さんが有名ですよね。
だけど彼女のCDの歌い方はいまいち私好みじゃない。

でもこの加藤登紀子さんのジャズバージョンはなかなかかっこよかった。
埋め込み無効でここにそのままプレーヤーが貼れないのがくやしいけれど
とりあえずリンク。





この「百万本のバラ」を聴くきっかけになったのが
ステのお友達のプロフのページ。
そこで知ったのだけど
これはもともとラトビアの曲だったんですね。

下はその原曲の日本語訳の歌「マーラが与えた人生」。
「サマータイム」のような「嘆きの母」的な歌。
とても深いです。





ラトビアは長きにわたって隣国のスウェーデン、ポーランド、ロシアに
脅かされていた国。
1918年に独立をしますが、そのあと、1940年にソ連に併合され、
第二次世界大戦のときにはナチスにも占領されています。

戦後もソ連領が続きましたが
ソ連国内でペレストロイカが進むと同時に
ラトビア国内でも独立運動が活発になって
ついに1991年8月に独立を果たしました。
そしてそれが12月のソ連の崩壊へとつながって行きます。
ラトビアを含むバルト3国が独立した頃は
ベルリンの壁も崩れたり、湾岸戦争も起こりました。
世界中が大きく動いていた時でしたね。



そんなわけで、ラトビアはずっと周りの国に脅かされ、翻弄され、
なかなか独立がままならない国でした。

子供の幸せを願いながらも、でもどうにもならない。
そんな閉塞感がこの歌に感じられます。発表は1981年。
ラーマというのはラトビア地方に伝わる聖母です。
「ラーマはラトビアという娘を産んだものの
彼女に幸せを与えることはできなかった」





この「ラーマが与えた人生」のメロディに
1982年にロシア人の作詞家ヴォズネンスキーが
この「百万本のバラ」の歌詞をつけ
ロシア人のポピュラー歌手アラ・ブガチョワが歌いました。
そしてこの曲が大ヒット。
それがいろんな国で訳され世界中にむしろ「恋の歌」として広まりました。

ソ連で爆発的に売れたこともあって
ロシア民謡だとも言われることの多いこの曲。

実際私も昨日まではロシアの歌だと思っていたのだけど
もともとは全然別の国の
そんな出口の見えない悲しみを抱えた曲だったんですね。



ずっと聴いていたので
今日は一日中この曲が頭の中をめぐっていました。
「マーラが与えた人生」も「百万本のバラ」も甲乙捨てがたく
私はどちらもとても好きです。
| 音楽 | 20:51 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
宇宙への想い
 
5日と6日にもっとも月が地球に接近。
ほんとにきれいな月ですね。
ネットにスーパームーンの画像がたくさん載っているので
記録用にアップ。


どれもこれも素敵。


Supermoon in Greece



ギリシャのアテネ。
絵になります。
月がでかい。存在感たっぷり。



Supermoon



構図がすごすぎる。背景の月のかんじも最高。
クレーターくっきり。

クレーターを見ると思いだします。
高校入学のときに双眼鏡を買ってもらいました。
その双眼鏡で月のクレーターを見るのが好きでした。
星は遠すぎて望遠鏡じゃないと無理だけど
月は近いから双眼鏡でくっきりきれいに見えます。
よく外に出て眺めていました。懐かしいです。
クレーターこんなだったな。


Supermoon


こうやって比較すると
いかにいま月が大きいかがわかりますね。

明るさも30%増しだって。
次回は2016年だというから少し先ですね。





さて次は21日の金環食です。
天体イベントが続いてうれしい。ほんとにうれしい。
昔からこういう天体ショーは大好きなんです。
ってか普通に星が好き。



前回の皆既日食(この辺は部分日食だったけれど)は天気が悪くて
結局、食が終了するまでお日様が見られませんでした。

仕事中、何度も外にでて雲が薄くなってないか確認。
でも雲が薄くなるどころか雨まで降り出しました。
店の外に出たり入ったりをを繰り返しているときに
旦那さんからメール。
「この辺(東京都中央区)は見えるよー。」(←おいうち)
東京では少し顔をだしたらしいですね。ううう。


当時働いていたミシン屋の支店長は
小さい頃、皆既日食を見たらしい・・・。
感動した話をきかされ、さらに泣けてくる。
この辺はたかが部分食なのに泣けてくる。
見られないことがたまらなく悲しい。

「なぜ、支店長が見れて、私が見れないんですか!!!」(←やつあたり)
「生まれてないんだから仕方ないじゃないか!」
至極もっとも。
至極もっともなんだけど、でもくやしかったんだもん!!



ずいぶん前にテレビで
海外での皆既日食のときの様子を流していたことがありました。

そのときの、
日食が作る影の様子だとか
ただならぬ太陽の様子にいつもと違う動物たちの様子だとか
晴れているのに辺りが暗くなる、あの幻想的な雰囲気だとか
太陽のまわりに広がるコロナの様子だとか
プロミネンスがはねてる様子だとか
ダイヤモンドリングのきれいなこととか。

初めて日食に興味を持ったのが中学生のころで
お小遣いが少ないのに
ニュートンとかの科学雑誌を買いあさったりなんかもしてました。
ああ、いまは昔。なつかしい思い出です。



そんなわけで、前回の皆既日食のときは
ツアーにも参加しちゃいたいくらい見たかったんですよ。
でも、調べてそのあまりの金額の高さにびっくり。
それ以前に動くのが遅すぎてすでにどのツアーも
半年以上前にいっぱいだったんですけどね。
まぁでも、結局、当日は向こうも大雨で大変だったらしいし
参加しなくて結果オーライだったのかな。


そういえば、と思い出したのが。
息子と同じクラスになった
アムステルダムで一緒だったお友達。
彼は上海から帰国したばかり。
上海も皆既日食のオビに入っていたはず!

お母さんに「もしかして皆既日食をみたんでしょうか?」と
どきどきして尋ねたところ
あの日食のあとに上海に異動になったので見ていないんだって。
ああ、話が聞けるかと思ったのに残念。

でも、日食のあとの異動だとしたら早い帰国だなぁ・・・と思っていたら
まだ旦那さんは向こうにいて
お母さんと子供だけ中学のために帰国したんだそうです。
海外組は子供の中学受験が
ひとつの転機になるみたいですね。
家族が離れるのはさみしいなぁ・・・。(ノД`)グスン



話がそれました。
そんなわけで
皆既日食のことを思い出していたら
金環食への想いが異様にふつふつとこみ上げてきました。
今回は絶対に晴れてほしいですね。

うちにある観察用の眼鏡は息子が学校に持ってくだろうから
自分用にもうひとつ買ってこようかな・・・。
| 思ったこと、感じたこと。 | 10:27 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
楽しく元気に働こう!
 
連休中も何度か更新しようと思ったんですけどね・・・。
写真もいくつか撮ってみたんだけど、なんとなく書くのが億劫。
ついついPCを立ち上げるとピアノに繋いで弾いちゃうという・・・。

結局書きたくないのは、書きたいことじゃなかったり、
書きたいことがうまくまとまらなかったりするわけで。
いまもまとまってないけれど、見切り発車!!







やはりいつもどおりというか
花粉の季節が終わって一か月ほど体調の安定しない時期が続き、
それもおさまってきたこの頃。
息子の学校関係もひととおり終わったので
さあ、今度は私!という段階なんです。




つまりは職探し。




やりたいことを仕事にできたらと思って
少し前はたまたまタイムリーにミシンやさんで働くことができたのだけど
そのとき、疑問にも思ったんですよね。


趣味をそのまま仕事に持っていくことは
あまりよろしくないんじゃないかって。





もちろん楽しかったですよ。

お客さんとも裁縫関係のいろんな話をしたり、
アドバイスをしたり、逆にアドバイスを受けたり。
実際のところ、自分も縫う人ではないと
ミシンを勧めることなんてできないものね。

一応素人なりにひととおりなんでも作ったことがあったので
比較的なんでもお客さんの疑問や質問には応えることができたかな、と思う。

営業さんのアシストをしようと、販促用の小物を作ったりもしました。
とても楽しかった。
営業時間内に暇な時間をみつけて作ったりするのはもちろん、
家に持ち帰って夜に縫ったりすることもありました。
もともと作るのが好きでそこに行ったくらいだから
それが苦になることはなく
逆にみんなに喜んでもらえたりするのがうれしかった。






ただ、商売ってやっぱり売り上げが関わってきます。
楽しいだけでは仕事にならない。売り上げを作らないとね。






私は事務的なことと、店に来た客の対応だったので
特に販売をするようには言われていなかったのだけど、
もちろん接客は嫌いじゃない。
結果はともあれ販売、頑張りましたよ。

ただ時代が時代。
ミシンも直営店の高いミシンを買うより、
量販店の安いミシンに客は流れる。
なかなか売れない。

最初は分からなかったのだけど
売れないせいで、上司が経費節減にばかり気を回すひとになっちゃって・・・。

営業さんと違って店に来る客は目的買い。
自分の足で稼いだ客ではない。
「だから、店で売れたとしてもあなたの成績にはならないよ。」
至極当然だと思います。別にいいんです。
ほかの店はそれすら自分の売り上げにしてもらえるとしても。(←ちょっと愚痴)

人件費(給料)を削りたかったんでしょうね。
個人の売り上げにしないで店の売り上げにしたら経費節減、と思ったんでしょうね。
そんな気持ちでいるから、ほかの営業さんの反感も買っちゃうんだろうけど。
営業さんの売り上げまで自分で奪ったりもしてたんです。



酷い話。




上司ってそれなりに営業などで苦労した叩き上げの人が多いものだと思うんだけど、
なぜか彼はお客さんを怒らせるのが得意な人で
私が知っているだけでも100万円以上の仕事を逃してる・・・。
接客が不得手ならその仕事をベテランの営業さんたちに任せればいいのに
変にプライドも高くて、彼女たちに売れて自分に売れないことはない、と言う。
そして、自分で営業に行って喧嘩をして話をふいにしてしまう。
客と喧嘩をするなんて、接客業では論外だと思う。



自分としては暇な時間にこづかい稼ぎで働いていたわけではない。
でもそうとは思ってもらえなかったのかな。
当時、残業しても残業代がつくことはなく、
販促用の小物も、結構持ち出しで作ることが多かった。

自分のお金で作ったものだから
お客さんがきたときに、「サービスでこれもつけますよー。」なんて
簡単にあげることもできて、好き勝手にできて、それはそれでよかった。
でもそういう風に思うようにして自分を納得させていたのかもしれない。

その販促用の小物さえも上司は「売ろう!」なんて言っていた・・・。
そんな小銭稼ぎしているから売り上げが上がらないんだよ。




まぁ、とにかく楽しいはずの「ちくちく」が
だんだん「なんでこんなことをやっているんだろう・・・。」って
変わって行ったんですよね。



蛇足的に付け加えると、
決定的にあの店の歯車が狂いだしたのは、
途中で上司が直接採用した営業さんが来てから。

自分が採用したというのもあるんだろうけれど
彼女がかなりお気に入りで、
その営業さんの成績に私が売った店売りの分も回されてしまうという・・・。
店売りなら我慢できる。でも・・・。

確かに、営業さんたちはノルマがあるし、しかも歩合制。
もちろん分かるし、いいですよ、別に。
ノルマにいかなかったら解雇されちゃう。仕方ないと思う。
でもそれが続いて行くうちに、なんだかもやもやが抜けなくなってきた。

だって私だってその売り上げほしいもん。
成績にしたら給料がぐんと跳ね上がったはずなんだもの。
でも売り上げに出来ないんじゃない。
どうしてそれを個人の売り上げに持っていくのよ。

ほかの営業さんたちも彼が彼女にだけ贔屓するので
最初は怒っていたけれど、
でもそのうち呆れてふたりを相手にしなくなった。
もともと社内でもトップを争うくらいの営業さんたちだったベテラン2人が
「売り上げはもうどうでもいい。」と売ることをやめてしまった。

私の不満もどんどん抑えられなくなってきた頃、
息子の受験勉強が大変になってきたので
いまなら穏便にやめられる、と辞意を伝えやめました。

ベテラン2人にはもちろん引きとめてもらいました。
私も意地になって、営業さんと上司の壁になって、
彼女たちの利益を少しでも守ろうと頑張っていましたからね。
彼女たちにも申し訳ないと思った。
でも、そろそろ限界だっていうのもわかってもらえていたみたい。



当然の結果。
その一年後、支店は閉鎖。

好きなことが好きでなくなってしまうあの感覚が
トラウマを残しています。




さてさて、そこで。
これからの職探し。

自分は何をしたいんだろう、と
ネットで派遣の仕事を検索しながら
悶々とすごしております。

そもそもブランクがこれだけあって
経験も少なくて
年齢もかなり上がっていて
採用してもらえるかさえも怪しいのに
選り好みなんてしていられる状況ではないことももちろんわかってる。
だけど、慎重に探したい。

できたら今度は長くじっくりと働きたいから。
今度は上くらいの理由ではやめるつもりもない。
でもできれば、自分の能力が最大限発揮できるような
納得できるところで働きたい。

事務職がかなり向いていることはわかった。
人見知りもしないので、接客だって問題ない。
体力はないので販売職はちょっと避けたいな。
で、私の売りは、とりあえず英語・・・?。
ってか使えるレベルなのか?
そんなことを考えながらネットで検索する毎日。


みんな、どんな気持ちで仕事をしていますか。
私が思う就職って非現実的ですか?
仕事が楽しくて仕方のない人。
どういうところに楽しさを見いだしますか?
仕事が生きがいになっていますか?
苦しいこともたくさんあるのは分かってる。
だけど苦しいなかにも達成感はありませんか?
それに報われていますか?

消化不良を起こしたあと
食べるのが怖くなっている状態に似てますね。
食わず嫌いにならないように気をつけないといけないです。
| 思ったこと、感じたこと。 | 17:01 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
文系頭でした・・・
 
このサイトが実は何気に好きなんですが。






今日のお題。

「40-32÷2=?」



40−32÷2=?

小学生:「4!」

理系:「よくわかってんじゃん」

文系:「やっぱわかんないか〜w」




このビックリマークの意味なんて
もうずっと忘れてましたよ。
絶妙な問題でした(笑)。

| 雑記 | 00:06 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
親も仕込みが必要
 
昨日は保護者会でした。

素晴らしい出席率。
クラス全員の保護者が出席です。
全員だよ?全員。びっくりですよ。
しかもふた組は両親ともに来てました。
すばらしすぎる。

保護者会ってどれくらいのドレスコードなんだろうと悩んで
結局かっちりした格好で行きました。
正解でした。
スーツ、またはジャケット着用がほとんど。
いろんな意味でいままでと違う。
でも本来は保護者会ってこういうものなのかもね。

最初は全体会。
そのあと各教室に移ってクラス会。

先生から伝達事項がひととおり終わったところで
ひとりひとり親が自己紹介することになりました。
「人数が多いので簡潔にお願いします」と先生が言ってくれたので
「よかったー。」とほっとしていたのも束の間。



みなさん、長い!長いよ!!




話慣れてるだけならともかく、さらに笑いを盛りこんでくる。
最初のうちは「みんな面白い人だなぁ。」と笑って聞いていたけれど・・・。
気がついたら、実はすべての人が面白いこと言ってる?!

だんだん「ヤバい」とあせりはじめました。
ナンカチガウ。


とりあえず、焦ってネタをメモしました。ひいい。
平凡な我が親子。話すことなんてないよ。
平凡すぎてこわい。滑りそうでこわい。

ついに私の番。
メモをしておいたのに、
結局何を話しているのか途中でわけわかんなくなってめちゃくちゃ。
で、それで慌てて何気なく発した一言で
ちょっと笑いがとれたかなってかんじ。くうぅ・・・無念。
こんなに緊張したのは久しぶり。
なんで保護者会で緊張しなきゃあかんねん。

私は全員の4分の1くらいの順番だったんだけど
私のあとはさらにハードルがあがっていきました。

普段は「あいうえお順」で何かをするとき、
「あとのほうの人はいいな」といつも思う。
でも、今回は逆に最後のほうの人たちがなんとも気の毒だったなぁ。
みんな果敢に挑んでいたけれど
声が震えてて明らかに緊張している人がたくさんいたもの。



途中、先生から突っ込み。

「みなさんおもしろいことを言わないと
いけないと思っていませんか?」


やっぱ先生から見ても異常だったんだなぁ(笑)。
でも、おもしろいこと言わないといけないような流れだったよ。ひーん。(ノД`)゚。
どうしてみんなあんなにちゃんと喋れるのよ、ほんと。

そして、そのままクラス42人の親全員
最後まで同じようなテンションで自己紹介が続きました。
すごいよ。ほんとすごい。
変なところでめっちゃクオリティ高いよ。



でも、おかげでいろんな話がきけて楽しかった。
親の話を聞いていて思ったのは
息子のクラスはおもしろい子、明るい子、
個性的な子がたくさんいるみたいだなってこと。
いわゆるムードメーカー的な子が多いみたいね。
学年でも一番ノリのいいクラスだそうですよ。
(騒がしいともいうみたいだけど(笑)。)

担任の先生もウィットに富んでてとてもおもしろい。
国語科で演劇部の顧問なんだとか。
文章を読むのも書くのも好きだと紹介文に書いてありました。
どうも小説も書いているっぽいぞ。ふおおお!

PTAとしても、とてもわくわくする中学スタート。
今後が楽しみ。
| 思ったこと、感じたこと。 | 17:15 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
お土産


旦那さんが出張先のタイから帰ってきたよ。
お疲れ〜。

「向こうの人に買っていったんだけど渡しそびれちゃった。」
とかで、八つ橋くれた。わーい。+。:.゚ヽ(´∀`。)ノ゚.:。+゚

八つ橋


はるばる御苦労さま、八つ橋さん。
いただきます♪

| 雑記 | 07:58 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ちょっとひと狩り
 
この間までスマブラだったのに
いまはモンハンにはまっている息子。

「お風呂入っちゃいなさーい」と声をかけたら
「ひと狩りしてからね〜」だって。
・・・ひと狩り。


息子のお気に入りモンスター、ラギアクルス。
息子:「ね、かっこいいでしょ?」

どれどれ?


ラギアクルス


他のモンスターを知らないので
なんとも言えないが、

色が好きだ。
私好み。
青がたまらんね。

しっかり狩ってくれ。
| 雑記 | 08:43 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
奥の細道
 
息子が学校の図書館で
「すらすら読める奥の細道」という本を借りてきました。

「課題なの?」と聞いたところ
「いや、読みたかったから。」と。
へぇ〜、と感服することしきり。びっくり。

第三章にここ草加宿が載っています。

草加が芭蕉にゆかりのある土地というのは知っていました。
ウォーキングコースの綾瀬川の松並木のところに
芭蕉の像が立っているし、
お伴だった曾良の像も数年前に立ちました。
草加宿で芭蕉が宿を取ったというのも知っているけれど
それ以外、実は私も「奥の細道」の草加の部分は知らない・・・。

ということで、私もかいつまんで読んでみることにしました。


ことし元禄二年にや、奥羽長途の行脚ただかりそめに思ひたちて、
呉天に白髪の恨を重ぬといへども、耳にふれえいまだ目に見ぬ境、
もし生きて帰らばと定めなき頼の末をかけ、
その日漸草加といふ宿にたどり着きにけり。
痩骨の肩にかかれる物、まづ苦しむ。
ただ身すがらにと出立ち侍るを、
紙子一衣は夜の防ぎ、浴衣・雨具・墨筆のたぐひ、
あるはさりがたき餞などしたるは、さすがにうち捨てがたくて、
路次の煩となれるこそわりなけれ。


旅立って一日でここ草加までやってきたみたいですね。
ただ身一つで旅に出たかったのに
お餞別にみんながいろんなものをくれる。
さすがに捨てるのも憚られて
結局荷物が増えてしまった。老体にはこたえる。
そんなことが書いてあります。



草加の段はなんとも味気ない内容なのね・・・。




解説者の文章にありました。

「餞別をくれる人は、相手を思ってということよりも、
自分自身の愛着のためにくれるのである。」

「なるほどなぁ」と妙に納得。
荷物を増やしたくない人にそれはないよね。
去られる人の気持ちもわからないでもないけど・・・。


我が家は転勤族で結婚してから4回の引っ越しをしました。
引っ越しの荷物を送ったあと、
どうしても送れなかった身の周りのものを手荷物として持って
「さぁ、いざさらば!」の段になって
いろんなものをいただいたりします。
うれしいんだけど、確かに「でもどうしよう」となるんですよね。
それが車で移動ではないときなんかは特にね。



くれる人の気持ちもわかるんですよ。
物よりも気持ちがありがたいなぁ、って思うんです。


お世話になったから何かをあげたい。
       ↓
でも、あげたらお返しをくれるに違いない。
       ↓
それは悪い・・・。
       ↓
だったら別れ際にお餞別をやろう!



・・・ほんと難しい選択だよね。

引っ越しする人の移動手段が車以外だったら
その辺を考慮して前もって何かをあげたほうが実は喜ばれますよ。

でも、まぁ、途中どこかから
引っ越し先に宅急便で送っちゃえばいいだけの話か。
いまは便利になったね。

でも、たとえ芭蕉の時代に宅急便があったとしても
彼は放浪の旅に出たわけだから送り先がない。
やっぱりありがた迷惑になっちゃうんだな・・・。

放浪するひとは、こっそり出かけるのがいいんだね、きっと。^^;


| 雑記 | 20:44 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
不惑のジャンプ
 
受験までの半年間ジャンプを絶っていたわけだけど
もちろん終わったので解禁。
2月からまた家族でジャンプの読者になっています。

ってか、私が月曜日に買いに行くのが
暗黙の了解のようになってきました。なんでかな。

なんだか前ほどあんまりおもしろいと思わなくなったのは
私だけ?一年前よりつまんなくなくね?
今は「特に読まなくてもいいけどなー」くらいなかんじ。

ただ、こづかい制になった息子も
やりくりに苦労しているみたいで
これくらい出してあげてもいいかなとは思う。
一か月でジャンプ代だけで1000円かかるしね。

昨日は雨の月曜日。
わざわざジャンプを買いに出かける自分に
少し微妙な気持ちになったのでこんなことを書いてみました。
ただめんどくさかっただけなんだろうけど(笑)。




そんなことを言っても
あればちゃんと読みますよ。
前よりも・・・・ってだけであって
やはりジャンプは面白い。

いつか旦那が「ジャンプは少年漫画雑誌の中では別格」と
言っていました。
なるほど、毎週買ってみて思うけれど、面白いですね。
売り上げ部数も断トツなんでしょ?

2年前までは、よもや私が
ジャンプ読者になるとは思いませんでした。
はずかしくてマンガ雑誌が買えない人だったのに
すごい快挙だ。

読んでると、たくさんの漫画家がしのぎを削っているかんじも
よく伝わってきます。
おもしろければ残るし、つまんなければ切られる。

「しかも毎週出るし、こんなに載っていてたった250円なんだよ!
すごくお得だよね!」(主人談)

・・・別に集英社のまわし者ではありません。


というわけで
今週も買ってまいりました。
今回は合併号ですね。
バクマンが最終回でした。
ハッピーエンド、よかったですね。


ジャンプの中でいまの私の一番のお気に入りは
「SKET DANCE」です。
「SKET DANCE」で一番最初に読んだのは
ぺロキャンのキャンペーンガールの回でした。

衝撃でした。

「これは私ツボる?」と思って
レンタルコミックで全巻借りて読みました。

はまりました。
「DEATH NOTE」以来の衝撃です。

個人的に一番好きな話は
透明人間になる話です。
笑いすぎて涙が出ました。おなかが痛かった。
トイレに持ちこんで読んでいたんだけど
ひいひい奇声を発していて
家族はさぞや不気味だったに違いない。

秋元先生にも褒められた回だったらしいですが
秋元先生と私、かなり趣味が合うと思います。
鹿の面とか、絵的にもう、サイコーでした。

「やっぱりアニメになった!」と思っていたら
もうこの春で1周年だそうですね。早いなぁ。





ジャンプの漫画家ってすごいなぁといつも感心します。
(もちろんほかの週刊の漫画家さんにもいえるんだけど。)
よくもこう毎週、いろんなネタが出てくるものだなと。
常に次のネタを仕込んでいないと
続きませんね。

ストーリー性のあるものよりも
ああいった一回一回で話が完結する話のほうが、
ある意味自由なようで、それでいて、
ネタが尽きたとき、ハンパなく苦しみそうですね。
俗に言う「産みの苦しみ」?
それを毎週クリアしている先生方、お見事です。

「最近つまんなーい」と言っていた口が
こんなことを言うのはなんですが・・・

応援しています。頑張ってください。


| 雑記 | 09:10 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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